陸前高田市の惨状を見て ― 2011-09-17 23:27:55
9/10~9/13の復興支援ボランティア活動を終えて無事帰ってきました。
長野道~上信越道~北関東道~東北道と乗り継ぎ、一関ICを出て、国道343号経由で陸前高田市へ入りました。
約9時間の行程です。
陸前高田市内へ入ると、街があった場所には何も無く、一つだけセルフガソリンスタンドの看板が残っていました。災害ボランティアセンターに貼りだされていた、在りし日の高田市街地の写真には、もっとたくさんの看板が立ち並ぶ、いわゆる「街」がありました。その中にスタンドの看板も。
ちょっと郊外へ目を向けると、そこにあったであろう住宅街はすっかり基礎だけの空き地となり、そこに草が生い茂っていました。
正直に言うと、この光景を見たとき、特に何も感じなかったんです。いや、感じなかったというより、感じることができなかったというべきでしょうか。
要するに、以前の姿を知らない私は、草が生い茂る中に道が一本あるだけの風景は、普段の自分の住む村の光景に似ていたので、特別不思議に思えなかったんです。
ここに住宅があった・・・とは思えないくらい、きれいさっぱり何も無いんです。
でも、ここには普段通りの、通常と何も変わらない日常生活があったんですね。何千人何万人という人の営みがあったんですね。
田舎の野原と同じ風景になってしまったなんて・・・
何十年とかかるであろう復興に、何かできないものかと、ますます気持ちが高ぶるのです。
長野道~上信越道~北関東道~東北道と乗り継ぎ、一関ICを出て、国道343号経由で陸前高田市へ入りました。
約9時間の行程です。
陸前高田市内へ入ると、街があった場所には何も無く、一つだけセルフガソリンスタンドの看板が残っていました。災害ボランティアセンターに貼りだされていた、在りし日の高田市街地の写真には、もっとたくさんの看板が立ち並ぶ、いわゆる「街」がありました。その中にスタンドの看板も。
ちょっと郊外へ目を向けると、そこにあったであろう住宅街はすっかり基礎だけの空き地となり、そこに草が生い茂っていました。
正直に言うと、この光景を見たとき、特に何も感じなかったんです。いや、感じなかったというより、感じることができなかったというべきでしょうか。
要するに、以前の姿を知らない私は、草が生い茂る中に道が一本あるだけの風景は、普段の自分の住む村の光景に似ていたので、特別不思議に思えなかったんです。
ここに住宅があった・・・とは思えないくらい、きれいさっぱり何も無いんです。
でも、ここには普段通りの、通常と何も変わらない日常生活があったんですね。何千人何万人という人の営みがあったんですね。
田舎の野原と同じ風景になってしまったなんて・・・
何十年とかかるであろう復興に、何かできないものかと、ますます気持ちが高ぶるのです。

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